朕です。
皆さん哲学してますかー?
うぇるちまんは哲学魂が再燃してます。
今宵はうぇるちまんが人生について語ります。
「死」とかに関して触れるので嫌な子は読まないでね。
人生の目的とは
皆さん人生に目的ってありますか?
個人的には色々あるでしょう。
なりたい職業があるとか、家を建てたいとか、結婚したいとか、金髪碧眼美少女になりたいとか。
そんなんは個々で勝手にやっといてください。
今回は哲学(自称)なので、もっと普遍的なことに関してです。
ヒトが生きる意味ってなんでしょう。
種として考えれば子孫を残すことですよね。
じゃあ子供を作れない人は生きてる意味はないのか?
それは違うような気がします。
というか僕はこのままいくと一生チェリーなので子供がヒトの存在意義だと大変困ります。
チェリーなのは君だけに送る秘密のメッセージなので他言無用です。
「生きる意味」を考えると難しくなるので「人生のゴール」について考えてみます。
ゴールは死?
人が持つ状態って極限まで単純化すれば生きてるか死んでるかになります。
では、ある人がこの世に産まれたときをスタートとしてゴールはどこになるでしょう。
素直に考えれば「死」ですかね。
オギャーと始まり、死んで終わる。
不老不死とかじゃない限りみんなそうです。
でも「死=ゴール」というのは少し違和感。
それなら生まれてすぐ死んだらええやんってなっちゃいます。
人生RTAは勘弁です。
生か死かの2択で「死」がゴールじゃないならゴールは「生」ってことですかね。
産まれたときがスタートでありゴールでもある。
言葉遊びみたいでよくわからん。
人生は折れ線グラフじゃない
よく人生を折れ線グラフで表しますよね。
いわゆるモチベーショングラフ。
横軸が時間である以上、死に向かって進んでいってるわけです。
これは「死=ゴール」的なモデルだと感じます。
じゃあうぇるちまん的にはどうやって人生を表せばいいのか。
産まれたときからゴールなんですから座標は動かない。
とある空間があって、そこから動かない。
個人的にはそんなイメージです。
じゃあどんな人生を歩んでも、なにも変わらないのか?そう思いますよね。
場所は動かない。けれど自分の持つ空間を広げていきます。
イメージとしては宙に浮かんだアメーバみたいな。
経験や知識が積み重なり、だんだん大きくなっていきます。
経験や知識の種類によって伸びる方向も変わります。
広げれば広げるほど他人の空間と干渉して、年を取るにつれて形は固まってきます。
やがて死んで自分は消えて無くなりますが、自分が影響を与えた他人の形は残ります。
その輪郭こそがその人の人生ではないか。
それがうぇるちまんの人生のイメージです。
なんか宗教感が強いな。
うぇるちまんはダス・マンか?
哲学者ハイデガーは自身の著書において、存在、つまり人生とは時間であり、死に向き合い前向きに生きることを説きました。
そして、死と向き合わず没個性的に生きる人々を「ダス・マン」と呼びました。
「ダス」ってのはみんな大好きドイツ語の定冠詞です。英語で言うところの「The」。
これに対してうぇるちまんの思想では存在は空間です。
人との繋がり、縁起こそ本質であると考えます。
死に向かうのではなく、ただ生を積み重ねるのが人生というのが朕の主張です。
うぇるちまんはハイデガーにすればダス・マンなのでしょう。
しかし、たとえ没個性的であっても、平均的な人生であっても、自身の存在が他の人生に少なからず影響を与えていることに変わりはありません。
大きな夢や目標を持つのは素晴らしいですが、手元の幸せを見失わずにいきたいですね。
まとめ
今回はうぇるちまんの持つ人生観について書きました。
経験や知識が人生を豊かにし、他者との関わりこそが人生を形作る。
そういうことが言いたかっただけです。
あとがき
この人生観はお遍路中にできたものやから多少仏教の影響を受けてる。
あとこの内容は哲学ではないような気がする。
コメント
僕は不老不死なのでゴールが何か分かりません
かわいそう